▲ペルー聖なる谷(ピサック、オリャンタイタンボ、ウルバンバ)04/18/ (火) 06:58 | 編集
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ペルー聖なる谷(ピサック、オリャンタイタンボ、ウルバンバ)今日はクスコにいったん着いた後、車でペルーの聖なる谷を見て回る。ピサックの市場、オリャンタイタンボを行った後、ウルバンバに今夜は泊まる。 クスコの街並みは世界遺産です。1983年12月9日に文化遺産として世界遺産に登録されています。ユネスコのホームページに写真が掲載されていますが、これはサクサイワマンからの景色ですね。 リマでまともに寝ることもできないまま、朝四時にホテルを出発。空港へ向かう。朝6時の便でクスコへ。この時間帯やたらとクスコ行きがある。30分以内に5本ぐらいがクスコに向かう。こんなことしたら、ぜってー、いつか大事故になるよと思っていると、いつものとおり、空港は大混乱。似たような飛行機を同じゲートで処理しようとしているので、混乱するに決まっている。ちょっとはやり方考えろよ、ペルー人。しかも、スペイン語だけの放送で人を誘導するのは止めてくれ!!外人は全く分からないじゃないか!!と思いつつ、とりあえず、飛行機には乗ることができた。飛行機事故と高山病の恐怖におびえつつ、一路、クスコへ。
クスコに着き、街中を抜けて、まずはピサックへ。
ここでは、市場を見る。ちょうど行った日が日曜日だったので市が開かれていた。ほとんどが観光客用の民芸品だが、一部、本当に山の人(インディヘナ)と町の人が店を出しているところがあった。数々並ぶ食材。 おもしろーい!! ちいさな白い塊は、イモの乾燥したもの。へんてこな色のとうもろこしがあったり、インディヘナの人が食べるハーブもある。これを食べることで彼らは病気知らずなんだそうだ。 【市場で並んでいる食材】 ![]() 【ハーブ類】 ![]() その後、オリャンタイタンボへ。ここは、インカの遺跡が残っており、段々畑、村、祭壇、水路など一通りそろっている。小さなマチュピチュとも呼ばれているところだ。入り口から入ってみる。 おー!!すげー!!相当上まで段々畑が続いているよ!! 本当に村がこんな山の中にあるんだー かんどー。 【オリャイタイタンボ全景】 ![]() 中に進んでいくと、途中に建物を作るための作りかけの石があった。 え?!石がこんな形に削れちゃうの?ふーしーぎー。(?_?) 【作っている途中の石】 ![]() さらに中に入り、神殿に昇っていく。不思議な世界だ。オリャンタイタンボやマチュピチュの遺跡はカミソリ一枚も入らない石組みと言われていたが、本当にそうだ。大きな石同士がぴっちりくっついている。 とーってもふーしーぎー!! しかも、よーく見てみると、単純に組み合わせているだけではなく、自身などが来ても崩れないように、一つの石を鍵状に加工して、簡単には動かないようになっているのだ! おー、すげー!!どーやったらこんなことできるんじゃい!! 【壁の一部】 ![]() 【鍵状の石:左上の隅を見てください。石の形が変わっていて、ちゃんと組み合わさってます。】 ![]() ちなみに、上の写真で石から飛び出しているのは、インカ人が石でつくった模様。二つ突き出ているのは女性を表していて、一つだけ突き出ているのは男性なんだそうだ。 そして、このオリャンタイタンボの遺跡を始めインカの遺跡は、地震がきても壊れないように、壁は必ず内側、窓や扉はかならず上が小さい台形になっている。ガイドさんの話では、クスコの街は元々インカ人が住んでいて、そこにはこのオリャンタイタンボと同じようなインカの見事な石組みの建物があったのだが、スペイン人が来て全て壊してしまった。スペイン人は壊した建物の石材を使って、インカの石組みの基礎の上に教会をたくさん作ったんだそーだ。 スペイン人、なんたるむせっそーΣ(|||▽||| ) ちなみに。クスコには3回ほど大地震が来ているのだが、3回の大地震で上に乗っている教会は何度も壊れたが、インカの遺跡の基礎部分は一度たりとも壊れたことはなかったそうだ。 う〜ん、古代人の知恵はすげー!! 【内側に傾いている壁】 ![]() 【扉】 ![]() 近くに作りかけの台座もあった。これも一つの岩を加工して作っている。どうやったら、こんな石が作れるのだろうか? 【作りかけの台座】 ![]() そしてオリャンタイタンボの神殿に到着。ここにはオリャンタイタンボの最大の見どころ、六枚の巨大な石でつくられた壁だ。見てみると・・・ すげー!!でけー!! 【巨大な壁:前にいるのがガイドさん。比べてもらえれば高さが分かるはず。】 ![]() 何のために作られたのかは、今でも定かではないらしい。高さ4m、幅全部で10mの巨大な壁だ。なお、巨大な石と石の間には小さな石が挟まれているのが見えるが、これも、巨大な石と石が地震などで動いても、お互いが割れないようにクッションの役割を果たしているらしい。これもやはり古代インカの知恵だ。 巨大な石の一枚には紋様が彫られている。12個の角をもっており、これについてもいろんな説が唱えられている。3つ同じ紋様が並べられているが、これは、インカでよく使われている上から、コンドル、ピューマ、へびをそれぞれ表しているとも言われている。 【石の紋様】 ![]() 巨大な石にかんどーしつつ、ふと上を見上げると、オリャンタイタンボの遺跡の向こうに雪山が見える。ベロニカ山らしい。ガイドさんでもオリャンタイタンボからこんなにきれいなベロニカ山をここから見たことはないらしい。なかなかの美しさだ。 【巨大な壁withベロニカ山】 ![]() 神殿から降りるとまたも作りかけのへんてこな形の石があった。これもどうやって作ったのか理解に苦しむ。 【へんてこな形の石】 ![]() オリャンタイタンボの神殿から段々畑の上に移り、そこを降りていく。巨大な段々畑が急な崖の上に作られている。これも本当に不思議だ。上のほうの段々畑は小さい上に石段の上に作られているので、とても多くの食物を植えるには適していない。ガイドさん曰く、ここでは試験的に作物が植えられており、どういう高度であれば、どういう作物が育つのかを実験していたのだそうだ。すごい技術である。 【段々畑:一番下に米粒みたいな人間がいます。これで大きさが分かってもらえるかと。】 ![]() 下から、遺跡を見上げてみた。やっぱ、すげー。すごい崖の山に村を作っているのが良く分かる、 【遺跡全景with後ろの山】 ![]() 後ろに見えている山は、この遺跡の向こう側にある谷を隔てて、その対岸にある山だ。ここから車で30分ぐらいある。そこがこの遺跡の石の切り出し場だったらしい。車もなく人力だけだった時代にどうやってあんなに巨大な石をオリャンタイタンボのこんな崖の上まで運ぶことができたのだろうか?やはり不思議である。 下に下りると屋根まで復元された家があった。当時の様子が良く分かる。近くに村で使用していたと思われる水道があった。これも石をくりぬいて水道管にしているのである。これを山の水源からずっと水が漏れないようにぴったりと合わせて水を引いてきているのである。恐るべしインカの技術。オリャイタイタンボの村には、今、数百人の人が遺跡の横に住んでいるが、彼らはインカ時代に作られた水道を今でも使っているのである。 【水道】 ![]() すぐ横に同じような水道があった。こちらは紋様付きだ。恐らく高貴な方々が使われていたのだろう。これも一枚の石で作られている。恐ろしい技術である。 【水道with紋様】 ![]() ちなみに紋様つきの水道の水の流れが悪いが、普段はちゃんと流れているそうだ。このときはたまたまこの水道のすぐ上で地元民が洗濯をしており、水を使ちゃっていたので、流れが悪くなっていたらしい。 おーい!!頼むから遺跡で洗濯するのは止めようよ! ちなみについ数年前まで遺跡の中に人が住んでいたらしい。確かに火が使われた後が残っている。 一応、オリャンタイタンボって世界遺産に指定されている遺跡なんすけど・・・(^_^;) オリャンタイタンボ村に戻ると、村の中に遺跡の石があった。と・・・ え??なんじゃこりゃ? なーんとそこにはフツーに子供が座っているではないか!この地域はインカの遺跡とともに人が生きている感じがした。しかしなー、 遺跡はもっと大切にしよーよ! 【遺跡の石の上に座る子供】 ![]() オリャンタイタンボを回って、昼になった。今日のランチは「山の人」の家で「山の人」の食事を食べることに。オリャンタイタンボから車で10分ほどのところの畑の中に「山の人」の家はあった。 入ってみると、結構広い。6畳ぐらいの広さだ。かまどと壁にくっついたイスがある。猫がうろうろしている。と、家の奥さんが家の中に草を投げ入れると・・・ クイクイクイクイー え?! と思っているうちに、イスの下からクイ(食用モルモット)がうじゃうじゃでてくる。 なんじゃーこりゃ!! 一頭一頭はかわいいが、30匹ぐらい椅子の下からモソモソでてこられるとさすがにちょっと気持ち悪い(@Д@‖)〜☆。みんな無心でエサを食べている。 【クイの写真】 ![]() そのうち、食事がでてくる。おイモのスープにパン、パッションフルーツ、大きな粒のコーンである。素朴な料理だが、結構うまーい。家のウラで「山の人」達も食べている。本当にこういう質素な食事をしているみたいだ。そのうち、お酒を勧められた。 いやー、高山病になるし・・・ とか思っていたら、有無を言わさずコップに注がれてしまったので、とりあえず、飲んでみる。あまり強くないお酒だ。発砲系でかなりあっさりしている。名前はモラーダと言うらしい。寝不足でなく高地でなければ、結構、ガブガブ飲めちゃう感じだ。実際、地元の人はジョッキで10杯とか飲むらしい、しかも仕事中。 こりゃすげーや。でも、仕事ちゃんとしろよ! ちなみにこのお酒、息子の誕生日を祝ってつくったらしい。 え?!こんな小さい子が飲むの? と思っていると、子供はアルコール分のない沈殿物だけを飲み、大人は沈殿物とアルコール分のある上澄み部分を混ぜて飲むらしい。 なーるほど。 【食事】 ![]() 【モラーダ】 ![]() ここでの体験はほんとーに貴重な体験だった。山の人の生活ぶりもよく分かったし、料理も素朴でおいしかった。僕は相当楽しかったが、人によってはツライかも知れない。蚊がブンブン飛んでいて、足元にはクイがうじゃうじゃいる状況でも楽しんでおいしいと思える人だけ参加した方がいいかも知れません。 ランチの後、ウルバンバに戻り、ホテルに入る。今夜のお宿はHotel Libertador Tambo Del Inka(Tel:084-201126)であった。かなりきれいなホテルでモダンなつくり。中には観賞用の池やプールもあり、リゾートホテル気分である。一泊のお値段は正確には分からないが、恐らくUS$100〜130ぐらいであろう。レストランも併設されており、インターネットも使える(頼めば自分のラップトップにもつなぐことは可能)。 二時頃にホテルに到着したが、昨日寝てないこともあり、いきなりベッドに倒れる。起きたら、夜の7時。ディナーを食べにレストランに行く。今夜はアルパカの刺身(カルパッチョ)とアルパカのステーキである。アルパカの刺身は、あまり癖がなく、あっさりした感じであった。牛のタタキのように味がするわけでもなく、馬刺のように癖があるわけでもない。全体的に特徴のない味であった。アルパカのステーキは、脂肪分が少なく、相当程度たんぱく質であった。ちょっと固い感じかも。日本人のステーキの感覚とは少しずれている感じ。むしろ、アメリカのステーキに近い。前にあるステージでフォルクローレ音楽を演奏してくれたのだが、なんせひろーいレストランに僕を入れて二組しか客がおらず、相当さむーい感じであった。今がハイシーズンなのにこんなに空いていて、このホテルは大丈夫なのだろうかと心配してしまう。食事が終わったら、また倒れるように寝る。 明日はいよいよマチュピチュだ! 【日本からクスコ・聖なる谷への行き方】 日本→(飛行機)→リマ→(飛行機)→クスコ→(ツアー)→聖なる谷 ※聖なる谷へはバスなどでも行けますが、ツアーが便利です。 ○クスコの格安ホテル一覧 ※クリックの後に出てきた画面の指示に従い、「クスコ」とクリックすれば検索が得られます。17万円から。ただ、↓の一覧でリマまで予約し、リマからクスコまでのフライトをペルー専門会社(ナオツアー、ミッキーツールなど)に頼むやり方の二種類で値段を検討した方がいいかも・・・ 【今日頼りにした本】 地球の歩き方 ペルー編 この本では、クスコの中の地図、レストラン、ホテルなどが丁寧に書かれてあります。また、サクサイワマンなどのクスコ周辺の遺跡、ピサック、オリャンタイタンボ、ウルバンバなどの聖なる谷の町々などのバスでの行き方、レストラン、ホテルなども丁寧に書いてあります。なので、クスコ近辺(ピサック、サクサイワマン)に行くならこれ一冊で十分です。上の本の写真かタイトルをクリックしてもらえれば、この本の更に詳しい情報を見ることができます。 トップ> ペルー聖なる谷(ピサック、オリャンタイタンボ、ウルバンバ) | ペルー【世界遺産あり】 |
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訂正させていただきます・・
はじめまして!
ペルーに住んでいるwinaywaynaと申します。 まず訂正を・・ オリャンタイタンボは世界遺産には指定されていません。 ペルー国内の法律により「考古学公園(Parque arqueologico」には指定されています。ちなみに考古学公園の中にはオリャンタイタンボ村など周辺の階段畑などの遺跡群も含まれています。 やっとコメントできた…
君からいただいたPCは順調です。
ありがとうございます。 オリャタイタンボ、結構よさそうですね。 行くことにしてよかった! 2006/07/12(水) 01:23:46 * URL * Teresa #-[編集]
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