南米 海外旅行/世界遺産ブログ

僕が南米の世界遺産を見に海外旅行したときのブログです。ブラジル、ペルー、イースター島、ギアナ高地・・・南米のほかにもイエローストーン、グランドキャニオン、ヨセミテ、エジプト、イランなどにも行ってます。
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マチュピチュ

04/18/ (火) 06:58 | 編集
トップペルー【世界遺産あり】 マチュピチュ

今日はいよいよマチュピチュだ!「空中都市」とか「失われた都市」などいろいろ言われるが、山あいに続くインカの遺跡は感動ものだろう。

マチュピチュは世界遺産です。1983年12月9日に自然遺産と文化遺産の双方を兼ねた複合遺産として世界遺産に登録されています。精巧な石組みと狭い山の頂に連なる遺跡は、まさに「世界遺産」という感じです。

朝6時半にホテルを出て、薄暗い中をオリャンタイタンボの駅まで車で走る。駅からは登山列車でアグアスカリエンテスまで行く。途中、ところどころにインカの遺跡が見られる。こんな厳しい山の中にも人が住んでいて、段々畑で農作業をしていたのかと思うと驚くばかりである。また、山頂に雪をいただいたベロニカ山も見える。なかなかきれいだ。

列車は1時間半ぐらいだが、山を眺めたり、遺跡を眺めたりで結構楽しいものである。そうこうしているうちに、アグアスカリエンテスに到着。ここはマチュピチュの玄関口だ。アグアスはスペイン語で「水」、カリエンテスは「温かい」なので、ここは温泉の街である。15分ぐらいあるいたところに温泉があるらしい。が、日本のようにじっくりつかるわけではなく、プールのようになっていて水着で入る。しかも、それほど熱くないらしい。そこから、バスに20分ほど揺られるとマチュピチュの入り口に到着。やはり、なかなか遠いところである。電車とバスを乗り継いで2時間。クスコからだと4〜5時間ほどかかる。お金も結構かかる。オリャンタイタンボからでも往復+入場料(US$20)で約US$110(=約1万2千円)かかる。時間とお金を費やしてようやくいいものは見れるのだ。

マチュピチュは入り口にしかトイレはないので、とりあえず、行っておく。その後、マチュピチュに入場。入り口から入って5分ほど歩くと目の前にマチュピチュが広がる。

おおー!!すげー!!ひろーい!!
これがマチュピチュかー。全体が分かる訳ではないが、概観は分かる。思っていたより、全くもって広い。諸説あるが、一番多い時期で周辺の村と合わせて一万人住んでいたとも言われているところだ。それも納得がいく。こんな山の頂上にこんなに広い「街」を気づけるというのは本当にスゴイ!

【入り口からの風景】



マチュピチュの中にどんどん入っていくと、まず、水路がある。全て石をくり抜いて作られている。スゴイ技術だ。石を組み合わせて水路を作っているのに水が全く漏れていない。よくできている。

【水路】



【水場】



そこで上を見上げると、石でできた神殿があった。太陽の神殿と言うらしい。下には自然に斜めに傾いた岩と階段の形に加工された石の間に空間があった。ガイドさんの話によれば、ここには王族のミイラが収められていたそうだ。要するに陵墓だ。中には二本突き出た岩があり、ベットらしきものもあった。

【陵墓】



上にあがると太陽の神殿があった。

すげー!!きれー!!

どうやったらこんな曲線が石で作れるのかが分からない。美しい。ぴったり石がはまりながら、曲線を描いている。スゴイ技術だ!自然の岩の上に石組みが作られているのだが、自然の岩の曲線に合わせて、石組みの石を加工しているのだ。

スゴイ!!

【太陽の神殿下から全景】



【太陽の神殿アップ:曲線美が良く分かる!ちなみに上二段は復元された部分なので不揃い】



【太陽の神殿自然の岩との接合部分:土台の自然の石のカーブに合わせて石組みが行われている。驚くべき技術!!】



更に奥に進むとマチュピチュのゲートらしきところがある。昔はここに木の扉があったらしい。

【扉】



写真の上にある突起物に扉の上を引っ掛けて、扉が上に開くようにしていた。左右にある小さな穴は、ここにロープを通し、そのロープに一本の木を通すことで、つっかえ棒にして、扉が開かないようにしていたとされている。扉を抜けると一本の道。右側は精巧な石組み、左側は荒い石組み。これは、右側は神殿だったので、時間をかけて精巧にくみ上げられたが、左側はそれほど重要な建物ではなかったので雑に作られていたのだ。

【左右で組み方の違う通路】



太陽の神殿の裏側に回る。ふと見上げると段々畑とマチュピチュが見える。後ろの山が「マチュピチュ」なのだ。うつくしー!!真っ青な空に映える山々と綺麗な段々畑&石組み、見事なマッチである。ちなみにマチュピチュとは、ケチュア語で「マチュ」が「老いた」、ピチュが「峰」だそうで。いわば「老山」といった感じか。

【太陽の神殿裏側:後ろの山がマチュピチュです。】



ちなみに太陽の神殿の下のほうにある穴は奇妙な方向に曲がっているらしい。今回、見せてもらうことができなかったが、本当にインカの石加工技術は恐ろしいものである。

下に下りると「コンドルの神殿」と呼ばれるところがある。自然の石が二つ羽のようにくっついており、その前に頭のような加工された石がある。全部でコンドルのように見えるので、その名がこの遺跡を発見したアメリカ人・ウィリアム氏によって付けられた。が、インカ当時そのように呼ばれていたかどうかは全く分からない。

インカ文明には今のところ文字が発見されておらず、その上、多くの遺跡がスペイン人によって破壊されたので、分からないことが多いのだ。したがって、ここマチュピチュの解説もガイドによって随分異なるし、ガイドブックとも異なる点が多い。分かっていないことが多すぎるのだ。それが、また、古代へのロマンをかきたててくれる。

このコンドルの遺跡で、確からしいことは、コンドルの頭とされる石で、生贄の儀式が行われていたという点だ。コンドルの羽がくっついている部分の下は洞窟になっており、これがいろんなところにつながっていると言われている。ここからは、何体かのミイラが発見されている。

【コンドルの神殿全景】



【コンドルの神殿の「頭」】



コンドルの神殿の上に登る。ここには牢屋の跡があった。その横には、罪を犯したものに対する罰を与える椅子があった。椅子の横に穴が開いており、そこに手を通して、ロックし動けなくしてから、ムチたたきなどの刑が与えられたそうである。インカ時代には三つの罪があったらしい。「盗まない」、「怠けない」、「だまさない」の三つだ。これに違反した者がここの牢獄に入れられ、この椅子で刑罰を与えられたのだそうだ。

そこからまっすぐ行くと居住区らしきところに入る。一つの家に入ってみると、二つの石の上に水が張ってあるものがある。これも諸説紛々あるが、ガイドさん曰く、夜、ここに星を映し出して天体観測をしていたらしい。

【天体観測の鏡】



居住区を歩いていると、壁の上と下で明らかに石組みの組み方が異なる壁がある。これは精巧な方の下の部分は元のまま。粗い上の部分が復元なんだそうだ。インカ文明は分かっていないことが多く、文字も何も残っていないので、復元するのがとても難しい。これだけ発掘が進んでいるマチュピチュでも当時のように精緻に石を組み上げることは、今となっては不可能なんだそうだ。やはり、恐るべきインカ文明である。

【上と下で組み方が異なる壁】



迷路のような居住区の道を進むと階段がある。しかーし、これは・・・一つの石を削って階段にしているのだ。これもインカの技術。

げー、機械も何もなかった時代に、こんなことできちゃうんだー!!すげーよ!!

【石でできた階段】



居住区にある一つの部屋に入ってみる。10畳ぐらいの家だ。どうやら二階建てになっているらしい。一階の窓は閉まっている。これは物を置く棚に使われたらしい。二階の窓は開いている。一階には人が住んでおり、獣に襲われてはいけないので、窓が閉まっていたが、二階は倉庫に使われていたので、多少外部から攻撃を受けてもいいので、窓が開いていたということだそうだ。

【二階建ての家】



居住区が終わり、遺跡の一番奥まで行く。ここからはワイナピチュ。ワイナピチュとはケチュア語で「ワイナ」が「若い」、「ピチュ」が「峰」なので、「若山」という感じらしい。マチュピチュとのコントラストがおもしろい。このワイナピチュよく見ると上の方に遺跡がある。ここからはマチュピチュ全体が見渡せるらしく、見張り台に使われていたらしい。

この山は登ることができる。相当険しい山道だが、3時間程度で往復できるとのこと。クスコから日帰りで行くのであれば、マチュピチュを見て、ワイナピチュまで登るのは相当時間的に厳しい(朝イチの列車に乗ってやってきても、クスコ行き最終電車(15:30)に間に合わない。)。したがって、ワイナピチュに登るのであれば、アグアスカリエンティスで一泊する必要があるだろう。今回、僕は、日帰りで帰ることになっていたのでワイナピチュには行けなかった。次回来たら、ぜひトライしてみたい。

【ワイナピチュ】



ちなみに写真の下に見える門はワイナピチュの登山口。登山は無料だが、登録簿に名前を記入する必要がある。たまーに落っこちたり、落雷に当たって帰って来れなくなる人がいるからだ。2〜3年前にも日本人の女性が落雷に当たって亡くなったらしい。登山する場合は気をつけましょう。

ワイナピチュから少し上に登ると休憩所があった。既に1時間半ほど歩き続けていたので、少し休憩。休憩所でふと目をワイナピチュ側にやると平たい石が立てられていた。何かなあーと見ているとガイドさんから、「後ろの山々と見比べてみて下さい」と言われたので、見てみると・・・

おーすげー!!後ろの山と形が一致しているよー!!

よく見てみると、石の中にインカの紋様がある。ガイドさん曰く、インカの人々は山も一つの神聖なものと考えていて、そこには神が宿っていると考えていた。それを石で模することで聖なる石としてお祈りの対象にしていたのではないかとのこと。

【聖なる石】



ペルーに来て強く感じるのは

遺跡の保存に対する姿勢が全くなっていない!!

マチュピチュはUS$20も取ってるだけあってかなり保存がなされている方であるが、この聖なる石もロープも何も張ってないので、ワイナピチュ登山で疲れた人が座りたい放題。保存も何もされていないので紋様も消えかかっている。動かせるのであれば博物館等に入れるべきであり、動かせないのであれば、せめてケースに入れるなり、ロープを張るなりすべきだと思う。これでは

インカの祖先があの世で涙を流してしまってるよ!!ペルー人!

ワイナピチュ側からマチュピチュを見返してみると、段々畑がうつくしー!!見事な遺跡である。

【段々畑】



ここからはさっきの居住区の裏側を上に登っていく。かなりキツイ階段だ。下を見てみるとウルバンバ川が小さく見えている。まさに絶壁である。

こえー!!こんなところよく段々畑とか作るなー

しかも、そこで何かの作業をしていたとしたら、それはとんでもないことである。途中まで階段になっていて、そっから先はホントーに切り立った崖になっているところがあった。たまたまアメリカ人のお兄ちゃんが降りていたので写真に取ってみる。

【切り立った崖】



【切り立った崖とアメリカ人のお兄ちゃん】



そいつが「お前も来いよ」というので行ってみると・・・

ひえーこえー!!

階段から先にはホントーに何もない。300mぐらいの切り立った崖である。インカの人々はこんなところで住んでいたとは・・・考えられない。

崖にびびりながらも上に登ってみる。登りついてみると、そこにはインティライミがあった。インティライミとは日時計を表していると言われている。インカの人々にとって、農業を行っていく上で、時期を知ることは大切なことであった。したがって、日時計や天体観測を行って、種まきの時期などを正確に定めていたのである。太陽の神殿も二つある窓から、冬至と夏至の時期に中に光が差し込むように作られているのである。

【インティライミ:上にある長い部分の影で日時を判定していたと言われている】



インティライミから奥に進むと神殿が並んでいる場所にでる。ここも精巧な石組みでつくられている。道にまた石の置物がある。後ろの山々と見比べてみると・・・

おお!!またも一致しているー!!すげー

至る所にこういう精巧な石があるのでおもしろい!!

【山の形をした岩】



ここは神殿なのでホントーに精巧な石組みが作られている。入り口が紋様の形になっている建物があった。入ってみると外側で紋様の形の一部となっていた石は、内側でさらに複雑な形に組まれている。ガイドさんによれば、この石32角形なんだそうだ。

おおーすげー!!

それが周りの石とカミソリの刃一枚も入らないぐらいにぴったりと組まれている。ここまで行けば芸術である。インカの人々の芸術性を伺える。

【紋様の形をした石の入り口:下の石が手前に三段、向こうに三段の段々になっています。これで紋様の上半分を表しております。】



【32角形の石:紋様の形の一部をした石の裏側。複雑な形をしていて全部で32角形】



これらの石をよーく見てみると、窓の形をしているところの奥は、角で石が接合されているのではなく。角は一つの石を削って作り、少しだけ辺を出したところで、別の石とつなげ、更に上の石と段違いにしてある。恐ろしいまでの組み上げ技術である。

【石の角】



主神殿の外側に回ってみる。

すばらしい!!

大きな岩と岩の間にクッションを挟んで壁がゆれた時の衝撃を和らげる構造、単なる平積みではなく段違いをつけてかぎ状にする技術などインカの石組み技術の全てが注ぎ込まれている感じがする。

【外側の壁】



しばらく歩くと採石場にでた。マチュピチュは自然の山の山頂を崩し、作られているが、その崩した石をそのまま建物に使用しているのだ。太陽の神殿などは山の岩をそのまま生かして地盤とし、その上に崩した石で神殿を建てるという構造になっている。
で、採石場では割る途中の石も出てきた。割るやり方がよく分かる。

【割っている途中の石】



写真の割れ目の中に膨らんでいる部分がある。ここが最初に杭を差し込んだところだ。杭を差し込み、それを上から叩くことでこのように石を真っ二つに割っているのだ。採石場を過ぎ、上に登っていく。目指すは一番上にある見張り台だ。だんだん、マチュピチュの全景が見えてくる。中を歩いていてもカンドーの連続だが、上から見るとさらに街の大きさが分かる。太陽の神殿の上辺りに出る。上から見ても、とても石で作られているとは思えない形だ。

【太陽の神殿上から】



市街地への入り口(門)を出て、段々畑にでる。更にそれを上に上に登っていく。ようやく見張り台に付く。

すげー!!かんどー!!

これぞまさしく「マチュピチュ」という景色である。確かに見晴らしがいい!!マチュピチュの街全体が良く見える。

【見張り台からの景色】



こうやって上から見てみると、マチュピチュのスゴさが改めて分かる。ホントーに360度崖に囲まれていて、崖だらけの山の山頂の小さなスペースに街が作られたことが良く分かる。素晴らしい技術だ。

マチュピチュの存在理由はいろいろ言われているが、ガイドさん曰く、見つかった骨の80%が女性の骨だったことから、修道院のようなものではなかったかと言われているそうだ。「地球の歩き方ペルー編」によれば、スペイン人が攻めてきた際に、インカ人が首都クスコを捨てて、マチュピチュに移り住んだのだそうだ。そのときには、住んだ際には回りの街も合わせて一万人もの人が住んでいたらしい。でもなー・・・さすがにここだけでは1000人ぐらいが限界だっちゅう気もするけど・・・(^^:A

後ろ髪をひかれつつ、時間がきたので、マチュピチュを出た。それでマチュピチュの入り口の前にある、ホテル・マチュピチュ・サンクチュアリ・ロッジの一階でランチ。一人25$(=約2800円。たかーい!!)。フツーのビュッフェだった。しかも、特段アンデス料理が含まれている訳でもない。これであれば、アグアカリエンテスまで降りて地元のレストランに入った方がお得かと。

ランチの後、バスに乗り込む。2〜3分ほど走ると赤い民族衣装を着た少年が

グッバ〜イ

と独特の甲高い声で叫んでいる。

おっ!!グッバイボーイだ!

彼らはマチュピチュの側を出発し、途中途中でバスに走って追いつきながら「グッバ〜イ」「アーディーオース」と独特の甲高い声で叫び、最後は、駅の手前でバスに追いつき、チップをかせぐ少年達なのだが、あまりにもチップ稼ぎに熱心になってしまい、学校に行かなくなったので、政府が禁止していたらしいのだ。

しかし、あれはどう見ても噂の「グッバイボーイ」だ。

おお!!見れたぞ!!

フツーに走ってバスに追いつくわけがないのだが、バスはマチュピチュからの急な坂道をうねりながら降りていくが、一方、歩道はマチュピチュから直線的に急な坂を下りるように作られている。したがって、マチュピチュから速度を落としながら右に左にうねりつつ下りていくバスに対して、彼らは、マチュピチュから直線的に歩道を走るので、ところどころで追いつくことができるのだ。

しかも彼らはよく考えている。バスの右側と左側に交互に現れて手をふり、バスの右側に座っている乗客も左側に座っている乗客も全員が彼の姿・顔を印象付けられるようにしているのだ。同じ人間がやっていることを乗客に理解させなければならない。よく考えられてある。

バスが駅の手前の橋を渡ったところで、何故かバスが速度を落とす。その瞬間に時折姿を見せながら上から走って降りてきたグッバイボーイがバスに乗り込む。バスの中で最後に念押しの「グッバ〜イ」と「アーディーオース」。それからチップを集め回る。

よーでけてはる!!( ̄□ ̄;)!!

乗客のほぼ全員がチップをあげていた。一回で約40ソル(=約1200円)。一時間で2回できるとして、15回ぐらいで合計600ソル(=約18000円)。彼らにしては本当に大金だ。

そりゃー学校も休むわな。

で、金を集めきったところで、また、バスの速度が落ちる。グッバイボーイが飛び降りる。恐らく、また、駆け足で頂上まで登り、次のバスに同じことをするのだ。

バスの運ちゃんともグルかよ!!

で、ガイドさんに、「グッバイボーイって禁止されたんじゃなかったんでしたっけ?」と聞いてみると、「今はちょうど夏休みなのでやってるんだよ。2週間だけだね」とのことでした。見れた人はチョーラッキーってことで。

行きと同じルートを使って帰る。帰りのビスタドームはみんな疲れていて、お休みモード。ほとんどの人が寝てました。

【ビスタドーム】



で、オリャンタイタンボから車でクスコへ。クスコのホテルに着いたのが夕方の16時。

あー疲れたと思って一休み。ホテルはロスアンデスホテル(Tel:22-3058)。米国のベストウェスタンホテル系列で英語もちゃーんと通じる。アルマス広場から南に2ブロックほど行ったところにある。床暖房がシャワールームまで続いていて暖かい。インターネットもタダで利用可能(ラップトップへの接続も可能)。一泊US$110ぐらいだ。

20時からはインカ料理&フォルクローレショーだ。レストランはホテルの近くのEl Truco(Tel:23-5295)。どうやら観光客に人気のお店のようだ。僕が行ったときも日本からの団体観光客や米国のファミリーなどがたくさんいた。食事はクイナの野菜スープとアルパカのステーキ。どちらもアンデス特産だ。

目の前でショーが始まる。いわゆるアンデスのフォルクローレ音楽が流れる。まあ、フツーかな。踊りも披露される。かわいい女の子二人とおっさん二人。最後は鬼の面を被ったおっさん二人が観光客の女性相手にお面の上からキスするなどして盛り上がった。

二組目のグループが音楽を奏でる。こちらは「オブラディ・オブラダ」や「上を向いて歩こう」、「イマジン」などをフォルクローレの楽器で演奏する。個人的にはこちらのグループの方がうまいと思ったが、やっぱ、一度踊りで盛り上がった後に演奏したので、盛り上がらなかったようだ。ちょっとかわいそう。ちなみに、フォルクローレのショーは20時から22時ぐらいまではやっている。ホテルに帰ってネットをして寝た。



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【日本からマチュピチュへの行き方】

日本→(飛行機)→リマ→(飛行機)→クスコ→(電車)→マチュピチュ
※クスコからマチュピチュに行く電車は現地で旅行会社に申し込むか(空港にたくさんいますが、ボられる可能性もあるので、気をつけて探してください)、日本からでもペルー専門会社(ナオツアーミッキーツールなど)に頼むやり方があります。)

○マチュピチュの格安ホテル一覧
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※クリックの後に出てきた画面の指示に従い、「クスコ」とクリックすれば検索が得られます。17万円から。ただ、↓の一覧でリマまで予約し、リマからクスコまでのフライトをペルー専門会社(ナオツアーミッキーツールなど)に頼むやり方の二種類で値段を検討した方がいいかも・・・
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【今日頼りにした本】

地球の歩き方 ペルー編
undefinedこの本では、マチュピチュも一コーナー設けて、15ページを割いて説明しています。マチュピチュそのものの見どころ、解説もありますし、ゲートシティーのアグアスカリエンテスのレストラン、ホテルも書いてあります。どれも丁寧なのでこれ一冊で十分だと思います。
上の本の写真かタイトルをクリックしてもらえれば、この本の更に詳しい情報を見ることができます。



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このブログについて、「ココが見にくい!」とか「コレを載せてくれ!」とかあれば↓にコメント下さい。貴重なご意見お待ちしております。
はじめまして
こんにちは。 メチャメチャ面白いBlogですね!
イースター島の記事とか、中東編とか、いろいろ面白かったんですけど、1番感動したのが、マチュピチュの石の積み方に関する考察の部分だったので、ここにコメントを残させて頂きました。
また読みに来ます!
2005/09/29(木) 11:51:31 * URL * schu #W4HijnrE[編集]
RE:はじめまして
schuさん、こんにちわ。
コメントありがとうございます。
マチュピチュは本当に感動しました。
あの石組みは・・・現代でもまだ再現できないと思います。
また、コメント下さいね。
2005/09/29(木) 11:56:03 * URL * ryokou2112 #7KgR29vM[編集]
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